阪堺電車(2016年5月) 住吉大社には路面電車に乗って

交通機関
大阪の路面電車

天王寺駅前から阪堺電車に乗車、住吉鳥居前で降りて、住吉大社に向かいました。

路面電車の運転席後ろから眺める風景

現在では、全国23都市23事業者、路面延長約221kmが営業しています。(令和7年8月現在)
道路:軌道法(路面電車等) – 国土交通省

さとう
さとう

路面電車はより周辺の住宅を近くに見られて街の雰囲気が感じられ、楽しいものです。

今までに乗ったことのある路面電車は、大阪、広島、松山、高知、長崎、熊本、鹿児島の7箇所です(実は東京都内は、乗り場に行ったものの、まだ乗車は未体験)。

海外では、オーストラリアのシドニー/メルボルン、そして米国のサンフランシスコの路面電車に乗車体験あります。

ー上町線ー
前身は、明治30年5月に設立された大阪馬車鉄道株式会社。
*馬車鉄道とは、軌道に乗った客車を馬が引っ張るというもの、当時は全国各地にあり。
*設立から3年後の明治33年9月に天王寺西門前から東天下茶屋間を開通させたのを皮切りに、同年11月には上住吉、同35年12月には下住吉までと順次路線を延長。
沿線一帯の開発が進み乗客数が増えたことなどもあり、馬車鉄道を廃止し電化工事に着手したものの、工事なかばの明治42年12月南海鉄道に合併、上町線とよばれるようになる。
電化工事は南海鉄道が引き継ぎ、翌43年10月1日に完成、同日から天王寺西門前~住吉神社前間の営業運転開始。
大正2年7月、住吉神社前~住吉公園間の延長工事が完成、南海本線との連絡が可能。
同10年12月、天王寺西門前~天王寺駅前間を大阪市に譲渡、これによって同線の起点が現在の天王寺駅前となり、ほぼ今日の姿に近い状態になった。
ー阪堺線ー
明治43年3月に設立された旧阪堺電気軌道株式会社が阪堺線の始まり。
片岡直輝氏らが発起人となって、大阪市~浜寺村間および堺市宿院~大浜間の2路線に電気鉄道を建設する目的で設立。
明治44年12月に恵美須町~大小路間、同45年3月に大小路~少林寺橋(現・御陵前)間、そして同年4月に少林寺橋~浜寺駅前間が開通、阪堺線の路線が完成。
旧阪堺電気軌道は、競合する南海鉄道とはげしい旅客誘致競争をおこないましたが、やがて大正4年6月、両社は合併、南海鉄道の阪堺線になった。
昭和19年6月1日、南海鉄道は戦時中の企業統合政策により、関西急行鉄道と合併、社名を近畿日本鉄道と改称、上町線・阪堺線は同社の天王寺営業局の所属。
戦後、上町線・阪堺線は同様に旧南海鉄道に属した鉄道線と一緒に、昭和22年6月に新発足した南海電気鉄道に引き継がれ、昭和55年12月1日、阪堺電気軌道として再スタート。