スリランカ旅行は2015年ちょうど11年ほど前です。
また行きたいと考えながら、再訪果たせず・・・・・・時が経つのは早いものです。

さとう
記事に書かれてある情報は2015年当時のものですので、これから行かれる方は必ず現在の情報を再確認してください。
Zipan(当時シンガポールにあった日系ネット旅行代理店経由の価格)
S$1783 X 2名 = S$3566 (6泊7日パッケージ料金)
S$330 X 2名 = S$660 (航空保険料、燃油税、各都市空港税)
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2名合計 : S$4226

スリランカ旅行記 〜2015年2月旅行〜 シーギリヤ、ダンブッラ、キャンディ、ヌワラ・エリア、コロンボ(ニゴンボ)
2015年2月14日から21日まで、旧正月のお休みを利用して、シンガポールから飛行機で約4時間(コロンボまで)、時差2時間半のスリランカへ旅行に行った。英語ガイド兼ドライバー・スリランカ人が運転する車にて、シーギリヤ、
2015年2月14日から21日まで、旧正月のお休みを利用して、シンガポールから飛行機で約4時間(コロンボまで)、時差2時間半のスリランカへ旅行に行った。
英語ガイド兼ドライバー・スリランカ人が運転する車にて、シーギリヤ、ダンブッラ、キャンディ、ヌワラ・エリア、そしてコロンボの各地を観光。
・2月14日(1日目) シンガポールからスリランカへの移動 二ゴンボ泊
途中交通事故の人が倒れており、むむむっ~自分達も気をつけねばと、身を引き締めた。
飛行機はエアバス321(320の派生型)で真ん中に通路があり、左右に3つ座席があるタイプ。機内は休暇でスリランカへ向かう人で満席。
しかしながら、緊張の為か、空港で朝ご飯を食べたせいか、胃がはってあまり食べられず。
バンダーラナーヤカ国際空港に無事ランディングし、イミグレでビザのシールを貼ってもらい入国スタンプ、税関も無事通過。
*ビザはあらかじめインターネットでオンライン申請。費用はUSD30.00(クレジットカードから引き落とし)で、許可書をコピーして持参(結局イミグレ職員は書類は見ずにパスポートで確認)。
仏教国らしいお迎えだ。
思わず旅行中の安全を祈願して、手を合わせた。
ゲートを出て出迎えのガイド兼ドライバーを探す。
以前カンボジアのプノンペン旅行では出迎えが来ておらず、移動できなかったので、多少不安になりつつも、無事に会う事が出来た。
空港から初日の宿泊ホテルのあるニゴンボまで車で移動。
車窓から道端の風景を眺める。
看板等も英語があり、違和感なく、何となくすんなりと風景として目に入ってきた。
宿泊ホテルのジェットウィング・ブルーに到着。まずはチェックインをし、翌日以降の打ち合わせをガイドさんと行う。
移動を考えると2日目と3日目の訪問場所を多少入れ替えてはどうか?との事。
提案を受け入れ、翌日の出発時間を朝の7時と決める。
ホテルに朝のビュッフェの時間を確認。
朝食のスタートは7時からだが、それより早く出発するゲストには対応可能と言質を取り、部屋へ。
泊まったのは、離れの建物。
あまり空腹を感じていなかったので、バーで軽く夕食を、ビールを飲みながら。
部屋に戻り、バスタブで疲れを癒し、睡眠。
*ニゴンボとは?
コロンボの北35km、近年開発が進むビーチリゾートと地元の人達が住む港町の2つの側面を持つ。
ビーチに並んで外国人が泊まるホテルが並ぶ(我々が宿泊したホテルもそのひとつ)。
住民の多くがキリスト教徒。
飛行機が到着するバンダーラナーヤカ国際空港に近い為、外国人観光客の到着1日目の宿泊先に選ばれる事も多いとガイドブックでも紹介。
*ジェットウィング・ブルーについて(詳細は左記リンクより)
・2月15日(2日目) ピンナワラの象の孤児院 シーギリヤ ダンブッラ泊
チェックアウトを早朝に済ませ、6時半にはビュッフェのあるレストランへ行き、食事。
通常ホテルに泊まる場合は、混み合うのを避ける為、朝食は比較的早い時間に取る方だが、この時間は少しばかり早すぎた。
広いレストランには様々な料理が並び始めており、ゆっくり食べられないのは残念に思えた。
7時にはガイドさんの運転する車で出発。
まずは9:15からの象の餌やりに間に合う様に一路ピンナワラの象の孤児院へ向かう。
ニゴンボはキリスト教徒が多いのを実感、道中のところどころにそれらしい像や祠などを見る事が出来た。
田舎道をひたすら車で移動。のどかな風景が続く。
道はけっしてよくはない。
車に乗っているのもけっして楽ではない。
象の孤児院に到着したのは、8時半。
地元の人達にも人気の観光地(ガイドさん情報 実際スリランカ人らしき観光客が多数いた)。
外国人観光客のみならず、スリランカ人も多く訪れていた。
園内の象のいる場所を周り、子象に触り、ミルクをあげるコーナーに移動(触った子象2頭がそちらへ移動)。
入園時にチケットを購入する様だ。交渉して、お金を払えばできるかも知れないが、我々は見るだけにした。
その後大きな象に果物をあげるコーナーに移動した後、象の群れを見に行く。
さすがに近くで見るだけでも迫力がある。ここも見るだけに。
その辺りの記念写真コーナー(だと思う)で写真を撮る。
ガイドさんから、案内人にチップを100ルピーあげる様にアドバイスがあったので、そうすると、象使いにも頂戴と言われる。
そちらにも100ルピー渡す。
象園を出て、道を挟んで反対側の水浴び場のある川へ、徒歩で向かう。
途中、象の糞で紙を作る工房兼おみやげ屋さんに寄った。
製法の説明を受けて、お土産コーナーへ。
象のウンコ・コーヒー(タイでそういうのを生産しているとシンガポールの情報TV番組で見た記憶がある)があれば買うのにな、と思ったが、残念ながらそれはなかった。
お店を出て、少し歩くと川辺に着く。
日差しがあつく肌を刺す中、川のそばで待った。
しばらくすると象が続々と到着し、壮観。
この近くのホテルのカフェからも眺める事が出来るので、そちらに場所を取るのもいいかも知れない。
ここでも象使いに交渉すると、象をバックに近くで写真を撮ることができる。
しかし、油断は禁物だ。
しかし、油断は禁物だ。
白人の老夫婦があげたチップの額で象使いともめていた。
どうせならば、決まった金額を提示して、それで写真を撮る様にした方が皆がハッピーだろうにと思えた。
見飽きた頃に車を停めている方に向かい、ガイドさんと落ち合う。
さぁ、シーギリヤに向けて出発だ(11時)。
ひたすらに車で移動。
しつこいようだが、道はけっしてよくはない(しかしながら、まだ数日後にはこの道がよかったと思えるのだが・・・・・・)。
2時過ぎにやっとランチ、レストランに到着だ。
気持ち的には、やっとランチだ~という感じ。
疲れた身体を休ませつつ、昼食のビュッフェを食べる。
ここはプールを備えた宿泊施設もあるホテルだった。
食後、車に乗り、目的地までの残り僅かの距離を移動する。
シーギリヤ入口に着いたのは3時だった。
入場料は別途ひとりUSD30.00-、まずはミュージアムを見学(これから登る緊張感と体力の消耗が激しかったので、さらっと見てまわる程度)。
ガイドさんからは、入場時にDVDをもらえると聞いていたので、それを求めると「もうない」と言われた。
次に来る機会はないかも知れないので、残念だった。
車を駐車場に停めに行ったガイドさんと入口で落ち合い、説明を聞きながら、岩を登って行く。
シーギリヤの宮殿ができた経緯など、ガイドブックに書かれてある事とは、内容が違うようだ。
どちらが本当なのかはわからないが、機会があれば調べてみようと思いつつ。
階段が始まると高いところが苦手なので、徐々に無口に。
らせん階段を見上げ、おいおいまじかよ!と心の中で叫ぶ。
螺旋階段を登ると、残ったチケットをもぎられ、シーギリヤ・レディと呼ばれる有名なフレスコ画のある場所に到着。人ごみの中、絵を眺める。場所によっては足元に岩がなく、鉄板の足場が崩れないか不安。
螺旋階段を降りて、頂上への道へ戻る。
ミラーウォールをくぐり抜け、ライオンの脚の踊り場部分へたどり着く。
ライオンの足も巨大だ!
上を見ると、足場が組まれた鉄の階段が・・・・・。
ここが完成した当時は頂上へはライオンの口をくぐり到着する様になっていたそうだ。
難関を登り抜けた頂上、360度の景色を宮殿跡から眺める。
視界を遮るものは、ただ当のこの岩自身。
登り切ったところで、偶然見かけた日本人カップルと笑顔であいさつを交わす。
日本人旅行者もスマートになったものだと思う。
実際この場所で会った日本人はこのカップルだけだった。
ガイドさんによると、観光客は通常午前中に登るスケジュールが多いそうだ。
メインゲートから岩に向かう道が下の方に見える。
岩の上の宮殿跡も巨大。
頂上の各所を見て周り、巨大な岩から降りて行く。
駐車場の方には、色々とお土産屋さんがあった。
車でホテルに向かう。
ホテルは大きな人口湖のほとりにあるアマヤ・レイク・リゾート・ダンブッラ、5時過ぎにチェクインし、バギーでコテージまで。
部屋がなかったのか、スイートになった。
部屋でしばらく寛いでいる間に、既に外は夕闇になっていた。
バギーを呼んでレストランに向かう。レストランのオープン(7時)までに時間があったので、売店に行きポストカードを購入。
オープンエアーのレストラン、食事を混み合う中済ませ、バーで一杯飲んだ。
しかしながら、中国人団体観光客の多い事、改めて目を見張る思い。
レストラン前で光がふらりと飛ぶのが目に入る。何かと思い、足元にも来た光を見ると蛍だった。
薄い光が闇の中漂う感じで木に留まる蛍の光も見れた。コテージへバギーで戻り、よく見るとここでも蛍。
何か得をした気分になる。
日本を離れた遠くスリランカに来て、蛍が見られるとは思わなかった。
部屋に戻るとバスタブに浸かり、ゆっくりと疲れを癒した。
翌日は8時半の出発。ベットに横になると気を失う様に1時間程ぐっすり眠り、起きて歯を磨いて再度就寝。
*象の孤児院とは?
ガイドブックには必ず掲載されている象の孤児院。
野生動物保護局管轄の施設であり、100平方メーターもの敷地がある。
母象を亡くした小象など、諸々の事情により野生では生きて行くに困難な象が約80頭集められて飼育されている。
1日に2回の餌やりと水浴びがある。
母象を亡くした小象など、諸々の事情により野生では生きて行くに困難な象が約80頭集められて飼育されている。
1日に2回の餌やりと水浴びがある。
象が一堂に会する水浴びシーンは圧巻(けがをしている象などは別の時間にずらして水浴び)。
暑いので、体力に自信がない場合には、レストランなどで休憩しながら見た方がよいかも知れない。
*シーギリヤとは?
世界遺産の巨大な岩の上に築かれた宮殿跡。
478年国王である父を殺して、自分が王となったカーシャパ王によって建築された宮殿。
495年、弟モッガラーナに滅ぼされる。
19世紀イギリス人による発掘により広く知られるようになった。
ミュージアム前で購入したチケットをメインゲートで見せて中に入る。
内濠にはワニが放たれていたらしい(今のいるの?とガイドさんに聞くといると言っていたが、冗談だろう)。
内濠を過ぎると水の庭、石の庭、テラスの庭と続く。左右対称だが、岩山に向かって左手は整備されておらず。
階段を上り、鉄の螺旋階段を登ると、シーギリヤ・レディというフレスコ画の一角に着く(ここでチケットを再度見せる)。
フレスコ画は漆喰に素早く描く為に、指の数や乳首の数など描き損じもあり(服を着せたりと修正)。
ミラーウォールはその名の通り、鏡の役割をしており、描かれてあったと言われる壁と反対側に描かれていた絵を反射して見れたのであろうと言われている。敵の侵入を岩の上の衛兵がこのミラーウォールを使って見張っていたとも。
ミラーウォールには何十年も前の落書きが残る(現在は手を触れてもいけない)。
踊り場にあるのは、ライオンの足。
建設当時は、ライオンの口を通り抜けて、頂上に登る様になっていたとか。
シーギリヤの由来は、シンハー(ライオン)とギリヤ(岩)を合わせたもの。
急な階段の上が岩の頂上となる。
ガイドさんの話では、渡されるという財産の少なさに立腹した為、国王である父を殺したカーシャパは都であったアヌラーダプラにいられなくなり、この地に逃げたとの事。
*アマヤ・レイク・リゾート・ダンブッラについて(詳細は左記リンクより)
・2月16日(3日目) ダンブッラ石窟寺院 ハーブ園 仏歯寺 キャンディ泊
朝起きると散歩がてらレストランまで歩いて行く。
意外と近くて拍子外れながらも、カンダラマ湖の景色も見る事が出来た。
前日に夕食を食べたレストランで朝食のビュッフェ。
レストラン前の庭側でうろうろしている初老男性がいて、何をしているかと疑問に思っていた。
よく見ると、手にパチンコを持っており、何とレストランに近寄る鳥を追っ払う担当だった。
なるほどと思うべきか、何か他の方法があるのでは?と思うべきか・・・・・・。
朝食を済ませ、歩いて部屋に戻り、荷物をまとめてバギーを呼ぶ。
なかなか来ないので心配していたら、スタッフが手押し車を持って登場。
荷物だけを載せて自分達は歩いてチェックアウトに向かう。
8時にガイドさんの迎えの車で、まずはダンブッラ石窟寺院に向けて出発。
道中ホテルわきの湖の近くを走る。
水は堤防を越えて、溢れ出していた。
そこを車は走っていく。
ダンブッラ石窟寺院では再び階段を登る事に。
ここは丸いなだらかな大きな岩の様。
登る途中、視界には遠くにシーギリヤ・ロックが見えた。
入口でサンダルを預け、中に入っていく。
各洞窟に描かれた絵と仏像を見てまわった。
涅槃仏陀から始まる5つの洞窟。
昼食時間(実際のランチでなく慣習として閉める時間となっているとの事)として、しばらく(20分くらい?)戸が閉められる前に、全ての洞窟見学が終えたのは幸運だっかかも?
山のふもとのお寺の本堂にはGolden Templeとある(ここは見てない)。
涅槃仏陀は臨終時のシーンを再現しているらしく、両足がそろっていない。
壁から天井まで、所狭しと壁画が描かれている。
洞窟の天井から、永遠と流れ落ちる水の滴。
枯れる事はない。
スパイス・ガーデンに向けて出発。
道は今までよりもよい状態の様。
車中でスマートフォンを使い、仕事を行う。
便利になると煩わしい事が増える。
12時半くらいにスパイス・ガーデンに到着すると、スタッフの説明に従い園内を見学。
その後各薬の効能を記載したペーパーで復習し、売店へ。
思ったよりも多くの薬を購入してしまった。
スタッフの笑顔もさもありなんと思えるほどに、本当に買いすぎたのでは?と。
ガイドさんからは、強制されていないよね?と言われるほどに・・・・・・。
2時半くらいに同園内で昼食のビュッフェを取り、キャンディに向けて出発。
4時前にキャンディのホテル、シナモン・シタデル・キャンディに到着し、まずはチェクイン。
部屋に荷物を置いて、5時からのキャンディアン・ダンス見学、劇場(Kandyan Art Association、Cultual Hall)へ車で移動。
劇場の一番前の予約された席に座り、ダンスを見学する。
ドラムの音が耳に残るダンスの最後は、火渡りにて終了。
劇場を出ると、キャンディ湖畔の道を歩いて、近くの仏歯寺に。
ガイドさんがチケットを購入(基本的にツアー費用に組み込まれている入場料はガイドさんの手で購入)、中に入る。
ここでは観光客用のDVDがあり、チケットと交換し、入手。
お寺に入ったのは、夕暮れ時。
多くの人で混み合うお寺の中。
外国人観光客の姿も多い。
セレモニーを見学。
2階の特に仏歯が保存されている場所は東京のラッシュ時の電車の中の如く、人が押し合いへし合いの状態。
購入したお花を供えて、仏歯が保管されている容器を拝んだ。
何だかわからないうちにその場を離れたというか・・・・・・。
お寺の中を一巡し、お寺内にある仏像、八角堂にある古い経典、古いお寺の部分、新堂にある仏歯の現在までの物語の一覧の絵画などを見学。
最後に蝋燭と御線香をお供えした。
照明に映える八角堂。
ガイドさんにお願いしたアーユルヴェーダ医師への面談に向かう。
8時に着いて、面談、治療は数日必要と説明を受ける。
今回は諦めて、リラックスする意味で翌日のマッサージを依頼した。
この日ホテルへ戻れたのは、夜の9時過ぎ。
その足でレストラン食事(ビュッフェ)をし、部屋に戻った。
ここでの食事は満足できるレベルだった。
この日も1日の疲れをバスタブで癒し、睡眠。
*ダンブッラの洞窟とは?
5つの石窟からなる世界遺産。
第1窟、デーワ・ラージャ・ヴィハーラ 小さな洞窟内に涅槃仏陀が場所を占める。死に行く仏陀の像。足がそろっていないところにも注目。
第2窟、マハー・ラージャ・ヴィハーラ 広い洞窟内に多くの仏像が置かれる(40の坐像と16の立像)。天井に描かれる物語の数々は美しい。洞窟内にある壺には天井を伝わり、永遠と枯れずに水が落ち続けている。
第3窟、マハー・アルト・ヴィハーラ
第4窟、パッツィーマ・ヴィハーラ 盗掘の跡が見られる。
第5窟、デワナ・ヴィハーラ 新しい洞窟 第2窟などと比べると壁画の染料が異なる為、色合いが違う。以前ドイツ人女性が仏像に座り写真を撮影し、逮捕された事があるらしく、奥には行けなくなっている。
インドからの侵略を受けて、国王がここに避難し、身を隠す。
外敵を追い払った後、お礼としてこの地の洞窟に仏像や壁画を奉納。
その後も、反政府勢力等の隠れ家となる事もあった様。
お寺自体は非常に資金的余裕がある様で、放送局まで持っている(お寺の横が放送局)。
何を放送するのかは、未確認。
*スパイス・ガーデンとは?
アーユルヴェーダ医療に使用する植物を植えて育ててある。
観光客に見せる部分はそれ専用の敷地であり全体のごく一部、裏山は広大な土地には各種薬品で使用される植物が植えられている。
ダンブッラからキャンディまでの道中で、多くのスパイス・ガーデンを目にした。
ダンブッラからキャンディまでの道中で、多くのスパイス・ガーデンを目にした。
*キャンディアン・ダンスとは?
スリランカ中央部一帯に行われるダンスの総称であり、正式にはウダ・ラタ・ナトゥム(高地の踊り)と言う。
元来は祭礼的に魔除けとして行われる事が通例だったのが、現在ではペラヘラ祭(仏歯を入れた容器を乗せた象を主にたくさんの象が街を行進する)の一部で行われる様になっている。
元来は祭礼的に魔除けとして行われる事が通例だったのが、現在ではペラヘラ祭(仏歯を入れた容器を乗せた象を主にたくさんの象が街を行進する)の一部で行われる様になっている。
ステージでは、12のダンスが次々と上演された。
日本語のA4に書かれたプログラムをもらったが、不完全な翻訳なので、ダンスやその意味合いに関心がある人は、ガイドブックを参考にするか、英語のプログラムを上演に先立ち入手する事。
終了後英語の説明書をもらおうとしたが、既にすべて配布済みで品切れだった。
ペラヘラ祭の時以外も、観光客用の劇場で見学可能。
ガイドブックによると、現在観光客が見る事のできる場所は3カ所
1-キャンディ・レイク・クラブ
2-キャンディ芸術協会(我々が行ったところであり、ここが一番仏歯寺に近い)
3-ワイ・エム・ビー・エー
*仏歯寺とは?
釈迦の歯がインドから運ばれて保存されている古くて由緒のあるお寺(運ばれてきたのは1590年キャンディ王ウィマラ・ダルマ・スリヤ1世の時、お寺の建築は1603年ナーランドラ・シンは王の時 お寺内部にある古い建物 日本では関ヶ原の戦いが1600年なので比べてみるとよい)。現在の建物は、シンハラ王朝最後の王、スリー・ウィクマラ・ラジャシンハが完成させた。
八角堂には古い写本が保存(見る事が出来る)。
仏歯をインドからはるばるスリランカのキャンディまで運んできた物語が奥の建物の中に絵になって説明されてあるので、時間がある人は寄って眺めて見るとよい。
ここでのメインイベントは、日に3回あるプージャと言われる仏歯を祀る部屋の扉を開ける行事。多くの人達がその祭壇の前に集まる。
8月のお祭り(ペラヘラ祭)には、象の背に乗せられた歯(現在はレプリカを使用)を中心に街を練り歩く。
8月のお祭り(ペラヘラ祭)には、象の背に乗せられた歯(現在はレプリカを使用)を中心に街を練り歩く。
*シナモン・シタデル・キャンディについて(詳細は左記リンクより)
・2月17日(4日目) アーユルヴェーダマッサージ ボタニックガーデン 紅茶工場 ヌワラエリヤ泊
朝食は朝の涼しさが感じられる野外で取った。
椅子が夜霧に濡れてはいたが、うまく濡れていない部分に座って、朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
その後、荷物をまとめて、チェックアウト。
待っていてもホテルスタッフが荷物を運びに来るのがいつになるかわからないので、自分で荷物を運んだ。
バリアフリーには程遠いホテルだったので、ちょっと大変だった。
8時にホテルを出て、アーユルヴェーダ医院へ向かう(アポイントは8時半)。
医院でアーユルヴェーダ医師の再度の診察後にマッサージ2時間のスタート。
終了後にキャンディ市内にあるクイーンズホテルの見学を経て、ボタニック・ガーデンに移動。
ここは市内観光を省き、寄ったホテル。
コロニアル調で、今度来た時には泊まってみたいと思えたホテルだった。
Peradeniya Botanical Gardens(ペーラーデニヤ植物園)に車で移動。
地球の歩き方では上記名で紹介ながら、現地で入手した英語のガイドマップには、Royal Botanic Gardens Peradeniya-Sri Lankaとある。スリランカの国立植物園のウェブサイトからは何故か当植物園のページが見る事が出来ない。
園内を散策した。
植物園の出口にある売店で見つけたこの象の焼き物を買おうかどうしようか、かなり迷って、買わずしまい。
後日コロンボのお土産屋さん(オデール)で同じものを見つけたが、それは箱に入っておらず、ここより高い価格で販売されていた(おまけに象の牙が折れていた)。
コロンボでお土産屋さんを巡ったが、気に入ったものがなく、ここでこれを買っていた方がよかったかな?と今になって思えている。
食事は再び街の方へ戻ったキャンディの屋上レストランへ。
外国人ツアーが集まるレストランで、味も外国人好み。
景色がよい席もあったが、日差しが暑かったので、日が当たらない奥の席で食事をした。
食後に駐車場に降りて行くと、駐車している他の車が邪魔。
車が出せずに待たされて、出発が2時過ぎとなったが、何とかヌワラ・エリヤに向けて出発した。
山路がくねくねと続く。途中ちょっと気分が悪くなり、休憩を取る。
まるでマレーシアのお茶の産地、キャメロンハイランドへ向かう道路の様だ。
いや、それ以上にくねくねのまがり道。
何とか茶工場=マックウッド(Mackwoods)に4時過ぎに到着。祝日ながら工場とカフェ、売店が営業中。
まず、試飲のお茶を飲む(ケーキは有料で頼むことができる)。
そして、ガイドさんが見つけてきた工場の案内スタッフに引率されて、工場見学。
仕上げに売店でお茶を購入。
ハリウッドのなんちゃって版で、おかしい。
一路ヌワラ・エリヤのホテルへ。
比較的車に乗っていて、楽な山道が続き、5時半にホテル(ジェトウィング・セント・アンドリューズ)に到着。
チェックインは、何故かアフタヌーンティーを味わう野外席で。
肌寒い空気が身を包む。
高原の街は南国でも空気が異なる。
アーユルヴェーダマッサージ後のオイルが髪の毛に強く残っていたので、先にシャワーを浴びた。
ここは残念ながらバスタブがなく、熱めのお湯でシャワー。
夕食はレストランでのビュッフェ。西洋人の団体が多くを占める中、食事を取る。
アコーディオン奏者が音楽を奏でていた。
その後、ホテル内を散策し、暖炉前で暖を取り、部屋に戻る。
寝入り端は寒さを感じて、なかなか寝れなかった。
*アーユルヴェーダとは?
サンスクリット語で、「生きる知恵」を意味するアーユルヴェーダ。
インド発祥の伝統医学。治療には、スパイスやハーブを使用する。
人間は3つの体質に分かれて(混合型もあり)、それに対応した治療方法をさぐるという方法が取られる。
3つの体質は、Vata(風)、Pitta(火)、Kapha(水)。
*ヌワラ・エリヤとは?
紅茶の産地として有名。
イギリス人によって切り開かれた。
よって街にもコロニアルタイプの建物が多く残る。
この土地のタミール系の人達は、スリランカ北部に住むタミール系の人達と異なり、お茶園で働く為にインド南部から連れてこられた比較的新しい住民が多い。
*ジェトウィング・セント・アンドリューズについて(詳細は左記リンクより)
・2月18日(5日目) 戦場にかける橋ロケ地近くでランチ コロンボ散策 コロンボ泊
朝食ビュッフェは先日の夕食の混み具合が嘘の様にがらがらのレストラン。
ゆっくりと朝食を取る。
ウェイターに聞くと、最低気温が摂氏4度まで落ちたとの事。
その後ホテルを散策。
「ゴルフ場に雪が!」ともウェイターから聞いていたが、ホテル前のゴルフ場に白く見えるのは霜の様だった。
9時にガイドさんが迎えに来て、ヌワラエリヤの街へ行く。
地元の市場を見て、イギリス統治時の建物を見てまわる。
車に乗り、湖を車中から眺め、Uターンし、一路コロンボを目指す。
途中茶畑の中を走るローカル列車に2時間程乗る案もガイドさんから提案されたが、乗車駅8:15発という事。そこの駅に行く為に、ホテルを早朝に出発する必要があり、今回は断念した。
絶景が眺められるそうなので、時間が許す方は、ぜひ列車を体験して欲しい。
途中お茶工場を持つ売店(St.Clair’s)により休憩、シルバーティーを購入。
道中に見かけたお茶摘みの風景。
くねくね道が先日よりも酷く、完全な車酔いをしてしまった。
途中車を止めてもらったりしながら、何とか我慢。
映画、戦場にかける橋のロケ地近くのホテルにあるレストランに寄って昼食を取ったのは12時半。
この辺りは難易度は高くはないものの、初心者でも楽しめるラフティングの名所。
これまた、ガイドさんからも前日だったか、案をもらっていたが、ホテルからの出発をゆっくりした事や、コロンボ到着の時間を考えてパス。
腹に食事を入れて、車酔いを直したいと思った。
食事をすると、胃が落ち着いたのか、多少気分がよくなった。
一路、コロンボを目指す。
徐々に人家が増え、道も広がって行く。
線路も並走する場所もあった(ヌワラエリヤ付近とは違う路線だそうだ)。
道はさらに大きくなり、車も増えて渋滞もし始め、ついに目的地に到着。
3時にホテル(ゴール・フェイス・ホテル)にチェックインできた。
部屋に荷物を置いて、コロンボ市内観光に出る。
まずは官庁街に行く。
コロニアル風の植民地時代の建物を車上から見学する。
シンガポールに住む我々は既視感を覚えた。またミャンマー(ヤンゴン)の様でもあった。
シンガポール程リノベーションしておらず、ヤンゴン程ぼろぼろになっていないというところか。
車を税関の建物の裏手の空き地駐車場に止めて、街を歩く(駐車場内には、船から倉庫に物を運んだりする、昔敷かれていたレールの跡が残っていた)。
ペター地区という下町に行く。
混雑ぶりは、まるで泥棒市場の様だったが、ビデオを撮っていると、人懐っこい人達から笑顔で手を振られたりする。
コロンボ駅に行ってみる。
入場券を買って、構内に入ってみると、多くの人達が鉄道を利用しているのがわかる。
列車のドアは開けっ放しであり、人がそこにも手をかけて乗っていた。
これまでの遺跡やお寺巡りから一転街中の散策。
徒歩での市内観光は新鮮。
暗くなり、市内見学を終えた後は、中華料理。
観光客が多く行くレストランながら、意外と美味しかった。
西洋料理とスリランカ料理が続いたので、知らずしてこういう味を身体が求めていたのかも知れない。
ホテルに戻り、最終日のスパの予約を取り(20日4時)、1864でビールとカクテルで乾杯。
部屋に戻りバスタブに入り、疲れを癒した。
やはり、リラックスするには湯船に入るに限ると、改めて思えた。
*戦場にかける橋とは?
戦時中、タイからビルマ(現ミャンマー)までをつなぐ鉄道(泰緬鉄道)にPOW(戦争捕虜)や地元民を労務に使用した日本陸軍。
過酷な労働の中、多くの人達が死んだ。
その場所、タイ西部カンチャナブリのクワイ川(タイ語ではメナーム・クェーイ)にかかる橋、これを爆破するという戦後のハリウッド映画。日本俳優でも著名な早川雪州も出演。
映画はビデオを入手したが、あまり面白く感じられなくて途中で観るのを止めた。
スリランカのこの地は、実際のタイの現地にも行った事があるが、確かに風景はあの地に似ている。
*ゴール・フェイス・ホテルについて(詳細は左記リンクより)
・2月19日(6日目) コロンボ市内散策 コロンボ泊
食事を終えて、外出先を話し合う。
ミュージアムは改装中で閉まっているとガイドさんに聞いていたが、ホテルスタッフに確認してもらったら開いているとの事。
まぁ、こういうものだろうと思いつつ、さてどこに行こうかと、迷う。
まずは案を考えながら、ホテルのプールでひと泳ぎ。
取り敢えず、10時にはホテルを出る事にした。
目的地はシナモン・ガーデン地区にある高級ショッピングセンターのオデールに行ってみようと決めた。
向かう方向は決まった。
のんびりと歩いて行く事も。
まずはシナモングランドホテルにあるシーフードレストラン(ラグーン)を目指す。
途中隣のショッピングセンターに寄り、Exchangeをし、お土産ショップで紅茶セットを買った。
シーフードレストランで名刺をもらい営業時間を確認、今晩のディナーの候補とする(結局行かなかったが)。
シナモングランドホテルの裏口からベイラ湖の方へ出て、湖沿いに歩いた。
既に日がジリジリと肌を焼く様だった。
ベイラ湖に沿って右回りに歩く。
見えてきた祠(シーマ・マラカヤ寺院)を右手に歩き、小道に入って行くと、外国人が多く集まっているお寺があった。
日本からの団体バスも停まっている。
せっかくだから見て行こうという事で中に入る(祠の入場料も含まれる)。
コロンボでも有名なお寺、ガンガラーマ寺院だった。
中は広く、見学には時間を要した。
印象的だったのが、入口左手にある仏像が置かれてある建物。
キリスト教の影響を受けた様な印象を受けたが、本当はどうだろうか?
お寺を出て、では!と祠に戻る。
ジェフェリー・バワの作品のひとつらしい。
祠の中は独特な空間。
さぁ、と気を取り直して、オデールの方向に歩く。
炎天下を歩き歩き、やっと着いたと思い入ったのは市庁舎だったのはご愛嬌。
そこで道を再確認し、オデールに着いたのはお昼過ぎだった。
特徴のないショッピングモールに写真を撮る手もとまるくらい?
さらっと中を見てまわり、昼食にする事に。
さらっと中を見てまわり、昼食にする事に。
これだ!というのがない中、日本橋というお寿司を中心としたメニューの和食屋さんに入る。
微妙な味の丼物を食べた。
本当に微妙だった。
買物を済ませ、次はノリタケ販売店がある近くのスーパーマーケット(フードシティ)へ向かう事に。
三輪タクシー(スリーウィーラー トゥクトゥク)を拾い、地図を見せて、場所を伝えた。
快調にとばすタクシー、しかしやおら止まった!
運転手が通行人に場所を聞き始めた。嫌な予感がする。
ふたたび、走り始めたタクシーは左に曲がるべきところを右に曲がった。
止まる様に言い、通行人に道を聞かせる。合点したが如く、アクセルを吹かすタクシー。
元の道に戻った。そこを左だ!と叫び、無事にタクシーは左折した。安心するのはまだ早い。
何と得意げに後ろを見る運転手、入口に立っているスタッフらしき人にたずねると、タクシーはカジノ前に停まったのだった。
ストリート名は間違いないので、そこでタクシーを降りる。
キョトンとした顔の運転手にメーター満額のお金を渡して、道を覚えろよ と一言。
近くにいた他の運転手が、こう言ってるぜという様に笑いながら訳していた。
取り敢えず、近くまで来た様。
住所を確認しながら歩いて目的地のスーパーマーケットに着く。
地元のスーパーは穴場で、お土産物を買うのにはどの国でもいつも重宝している。
チェーン店のスーパーだが、品ぞろえもなかなかだった。
買物を済ませ、次はノリタケのお店だ。
通り過ぎては迷い、どこだろうと思いつつも、戻って何とかショップに。
結局ノリタケブランドでない商品を購入し店を出る。
移動し、
パラダイス・ロード・スタジオというショップ内を見てまわり(けっこうおしゃれ雑貨がそろっている)、ジェフェリー・バワのオフィスがあったというパラダイス・ロード・ギャラリー・カフェで一休み。
カフェはいい感じ。
時間があればもっとゆっくりしたかったところ。
時間があればもっとゆっくりしたかったところ。
さらに地図を見て歩いて、ベアフット。
表通りの入口からは小さなお店か?と思える。
入ると何だかIKEAみたいだなとの印象。
小さいと思っていたお店はずっと奥まで続いていた。
このお店は中庭の風景がよかった。
中庭わきの建物では個展が開催中。
その上の階はワークショップの会場。
ここでは、ちょっとした小物とポストカードを買った。
お店を出たところで、体力の限界を感じ、三輪タクシーを拾ってホテルまで戻る。
お風呂に入って、ルームサービスでサンセットを見ながら夕食を取る事にした。
夕日が沈んていく。
ルームサービスが問題だった。
部屋に食事可能なテーブルがないのに、カート(ワゴン)で仮テーブルを組み立てるのをゲスト2人だからできないと言う。
散々言いつのった上、色々と交渉して、ようやく持って来た。
食べる頃には、料理が冷えていたのは言うまでもない。
この事を含めてこのホテルのサービスには首を傾げる点が多かった。
非常に残念。
波の音を聞きながら、苛立った気持ちを落ち着かせた。
ベッドに横になると、睡魔が襲ってくる。
持参した本が全然読めないのも残念。
*ノリタケとは?
日本の株式会社ノリタケカンパニーリミテド(NORITAKE CO., LIMITED)のスリランカの工場で生産されている商品(食器)を購入する事が出来る。
以外と知られていないが、TOTOや旧Inax現LIXILなどもノリタケがその源流。
ノリタケについて<=日本の本社のウェブサイト
*スリーウィーラーとは?
三輪タクシーの事。外国人はトゥクトゥクと呼ぶそう(タイでそう呼ぶ為か)。
インドからの輸入品。
我々がコロンボで乗った際には、メーターを使用する運転手と交渉の運転手がいた。
交渉のスリーウィーラー自体メーターが付いていなかったと思える。
・2月20日(7日目) チェックアウト シンガポール帰国の為、空港へ
朝7時に朝食のビュッフェを取りに行く。座る場所は海が見える位置に席を取った。
前日よりも人が少ない様だ。
理由はわからない。
朝食後に、暑くなる前にホテルのプールでひと泳ぎ。
最後のバスタブでの入浴(最初壊れて動かなかったので、修理してもらい動いたジャグジー、それは再度壊れていた)。
スリランカでは風呂三昧。
チェックアウトまでの時間を部屋で、シンガポールから持ってきたカップ麺などを食べて、窓の外の海の景色を眺めながら紅茶を飲んで過ごす。
ホテル滞在の折は、おなかが空かない場合もある。
カップ麺などは、ちょっと貧乏っぽいが、そういう時には意外と便利。
1時にチェックアウト。
荷物を預けて、ホテルを出る。
ホテル入口に止まった三輪タクシーを拾い、灯台の方へ行く。
灯台は逆側からがいい感じなのだが、何故こっちからの写真があるのだ???
微妙な建物、これは何だろう?
*Sambodhi Chaithya というお寺と知ったのはこれを書いている今現在(15年4月)。
灯台からSambodhi Chaithyaの前の道を港の方をまわろうと行くが、警察関連・海軍関係の施設があり、通り抜けができなかった(警察関係施設は聞いてみたが、通り抜け不可で、海軍関係施設は入口のセキュリティ状態から聞かずに諦めた)。
仕方ないので、来た道を戻り、まずはキングズバリー・ホテルに寄る。
ここのロビーでどっかで見た人がいると思ったら、新井参議院議員だった。
少しばかり、立ち話と記念写真(意外とミーハーな自分を知った)。
ホテルを出て、時計台を眺め、大統領官邸前を通り、グランド・オリエンタル・ホテルに行ってみる。
中に入ってみたが、泊まるにはちょっと躊躇する雰囲気。
キャンディのクイーンズホテルとは受けた印象が大きく異なる。
付近には古い建物が多くあり、見がいがある。
古い建物が好きな人にはたまらないエリアだろう。
フードシティとラクサラと、スーパーとお土産屋さんを見て、ダッチ・ホスピタルという旧病院をショッピング・センターに改装している場所を見学。
その後、ヒルトンに行ってみた。ヒルトンも改装中。
コロンボは観光客増加の為か、シャングリラやハイヤットの建設のみならず、既存のホテルも改装を行っているのだなと実感。
ヒルトンの中はオフィス階もあり、ホテルの部屋をオフィスに利用した階もあった。
しかし、ヒルトン前の大きな木にたくさんとまっていた蝙蝠(こうもり)の群れにはびっくりした。
ああいう蝙蝠の群れを見たのはカンボジアのプノンペン旅行以来。
ヒルトンを出て、ホテルまで三輪タクシーで戻る。
ワールドトレード・センター(左奥に見える2つの背の高い建物)と旧国会議事堂の前を疾走する三輪タクシー(スリーウィーラー トゥクトゥク)。
ホテルに戻り、4時の予約のスパに行くと、スチームバスを浴びろと言う。
時間がないと言いつつも、スチームバスがある更衣室に行くと、バスローブも用意されておらず、ましてやサウナやスチームバスもスイッチがOnにされていなかった。
その場を出て、マッサージの個室に行くと、何とワーカーがカーテンをかけている途中。何も準備されていないという最悪の状態。
色々とホテルのスパには行ったが、これほど酷いところは初めてで、キャンセルをすると伝えた。OK,というやる気のない担当者。
ホテルのロビーマネージャーにクレーム。
あまりに酷いと思ったのか、泊まっていた部屋を6時まで使用してよい事になる。
しかしながら、ここのスパの担当者には呆れてしまった。
思わぬ事態により、部屋で再度のんびり。
連れは既にシャワーをスパの更衣室で浴びていたので、そのまま。
自分は部屋でシャワーを浴びた。
改めて6時前にキーをカウンターに返し、荷物を再度預け、夕日を見に出る。
公園を散策。
夕日がきれいで、波の音が響く。
海岸沿いの公園(ゴール・フェイス・グリーン)海側にはたくさんの人たちが出ていて、にぎやか。
この時間を皆が楽しんでいる様。
ここの屋台で夕食を食べようかととも思ったが、帰国する前なのでおなかを壊すと大変と考え直し、他のところで食べる事にする。
ホテルまでの帰路、インド系資本のタジホテルを見学。
ロビーは豪華な雰囲気、かつインド的。
我々が泊まるホテル前のビル1階にドイツ料理店があった。
ホテルでは問題が多くあったので、もうホテルはいいやと思い、そこで夕食を食べる事にする。
味は美味しく生ビールで乾杯。
このレストランには続々と客が入ってきた。
けっして安くはないと思うのだが、人気のお店なのかも知れない。
ホテルに戻り、プールバーで再度帰国前の乾杯。
ガイドさんが迎えに来る9時くらいにホテルのロビーに向けて歩く。
前方からガイドさんが歩いて来るのが見えた。彼にホテルでの多くのトラブルを伝えて、空港までの車に乗った。
約30分から1時間程度(だったろうか)で空港に到着。
空港に到着し、ガイドさんには色々と世話になったので(ツアー代にチップは入っているとの事だが)、別途封筒に入れた御礼を渡して別れる。
既にインターネットでチェックインしていたので、スリランカ航空のカウンターで荷物を預ける。
そっちに運んでと言われ、スタッフが座る後方の離れたベルトコンベアまで自分で持っていく。
女性ながら、スタッフは立ち上がろうともせず、我らがやって当たり前との態度に苦笑い。
手持ち荷物を持って、X線検査。イミグレ、そして税関、そしてお土産屋さんが多くあるフロアへ上がる。
まずはフットマッサージをしてリラックス。
ホテルでスパができなかったので、中途半端ではあるもののここで一息。
お土産屋さんを見て、ノリタケでティーカップセット(市内の店では取扱いなかったもの)を購入。
イスに座って、そこのTVで現地の音楽番組見て、休憩していたら眠くなる。
出発ロビーに行く事に。
再度下のフロアに行き、再度X線検査を通り、ブースへ入る。
待つ事しばらく。
バスに乗り、A321の留まる場所へ。
何故かバスのドアが航空機前で長らく開かずに、放置状態。
飛行機に乗ったら、眠くなり飛んだとともに睡眠。
夕食が出て、焼き飯を食べる。
シンガポールには朝に到着し、タクシーで帰宅。
疲れた身には、タクシーですぐに自宅に到着できるシンガポールに住んでいる事の幸運を感じながら。
・旅行を終えて
スリランカは北海道の広さよりも狭いという事で、移動にはあまり心配はしていなかったが、悪路の為に思ったよりも車での移動が辛かった。乗り物酔いする人は十分な注意が必要(日数が限られた人は、定期便がある水上飛行機エアータクシーを利用するのも一考)。
自分たちは、ゆっくり見たいところ、行きたい場所などが余分にあった為、あらかじめ決められた観光地を周るにも時間に追われる結果になった。自分が絶対に行きたい場所といざとなったら省いていい場所との選択もあらかじめ決めていた方がよかったとも思える。
時間には余裕を持っての旅行計画をつくるべき。
食事に関しては、観光客が泊まるホテル中心の食事だったので、カレーばかりで飽きると聞いていたが、それほどではなかった。ただ、地方をまわってきての中華料理がおいしく感じたのは、体がそういう味を欲していたからかも知れない。
・利用旅行代理店 Zipan Resort Travel Pte Ltd シンガポールの日系旅行代理店では新興ながらも味のあるパッケージを揃えている。旅行代理店の既存ツアーパッケージに、コロンボでの2泊を付け加えた形で依頼。
・現地代理店 Jetwing Travel スリランカの大手企業グループの1社であり、我々が泊まったホテルも2つがそのグループ。
・エアライン スリランカ航空 A321で小さいながらも、機体は新しい。帰りのコックピットは2人とも女性だった。
・旅の予算 現地で使った現金やクレジットカード支払い等も含めて、2人で総額約5,000~6,000ドル程度。
スリランカ基礎情報(日本外務省情報より)
面積 6万5,607平方キロメートル(北海道の約0.8倍)
人口 約2,048万人(2013年)
首都 スリ・ジャヤワルダナプラ・コッテ
民族 シンハラ人(72.9%),タミル人(18.0%),スリランカ・ムーア人(8.0%)(一部地域を除く値)
言語 公用語(シンハラ語,タミル語),連結語(英語)
宗教 仏教徒(70.0%),ヒンドゥ教徒(10.0%),イスラム教徒(8.5%),ローマン・カトリック教徒(11.3%)(一部地域を除く値)














































































































