タニヤ通り(2011年12月) バンコクの日本人歓楽街

タイ観光
2011年のタニヤ通り

昔からバンコクの夜の接待の場に使われてきたカラオケ店が立ち並ぶタニヤ通り
日本人相手の歓楽街では、夜な夜な嬌声が響き渡っていたものです。

昔ほどではないにしろ、今も昼と夜の姿を変えて、タニヤ通は健在のようです。

さとう

滞在していた1990年代初頭、東京銀行がこの通りの角にあり(スリウォン側大通りに向かって右側)、大手商社を始め、オフィスを構える日系企業も多くありました。
*「日系企業ある海外に東京銀行あり」と言われた最後の頃でした。
平日の昼は日本人ビジネスマンの行き交う姿があり、顧客訪問や銀行に行ったりすると、必ずどこかの誰かに会ったものです。
就業後の夜、通りがネオンに照らされるようになると、接待やその他の会食で和食屋さん(今はなき寿司屋築地など)で食事をして、そのまま二次会でカラオケに流れるのがバンコクの駐在員の定番。
ある駐在員は「うちの会社の窓からカラオケが見えるんだよ、外見たらお姉さんがおいでおいで!って手を振ってるとねぇ~」と・・・・・・。
そう言えば、バンコク郊外で工場勤めの日本人たちの中には、週末に集団でタニヤ通りに繰り出してくる人たちもいたのを覚えています。
BTSもない時代で渋滞も酷い頃だったのもあり(体験者から聞いた最長時間がドムアン空港からスクンビットまで車中6時間)、そういう日本人たちは近くのホテルに宿泊。工場併設の寮に缶詰め状態で暮らす日々、週末バンコクで散財することで、その憂さ晴らしをしていたようです。
そう言えば、当時はまだ生演奏で唄を歌わせるお店(亜里沙という名前だったような記憶)も、かろうじてあった時代です。

バンコクに年に数回行ってた頃(コロナ前)、タニヤ通りには和食を食べに何回か通いましたが、もう長年カラオケ(ラウンジ)には行っていません。
たぶん、もうすでに20年以上足を踏み入れていないはず・・・・・・。
現状がどうなっているのか?ご興味ある方は下記のリンクをご参考にしてください。

2025年現在地図で調べてみると、昔運転手さんたちが日本人駐在員を待って、立体駐車場の端に止まり木のようにして並んでいたYADA PARKもオフィスビルに変わっているようで、時の流れを感じます。

タニヤの歴史(1970年から)

タニヤ通りの発展の起点は1970年。
タイ人医師夫妻であるプラサート・ソンブンタム(ประเสริฐ สมบุญธรรม)とヤダー・ソンブンタム(ญดา สมบุญธรรม)は住友不動産に対して、シーロム通りでの不動産開発を提案し、合弁により1970年に「タニヤビル(อาคารธนิยะ)」がオープン。

タニヤ情報満載↓