日本橋/三井本館と言えば、三井の團琢磨暗殺(昭和7年3月5日)の地
昭和初期と言えば、テロの嵐が吹き荒れた時代。
こちらは血盟団事件のひとつ。

さとう
建物のどの入口か?碑もないので、建物のどの入口か判らずに、その場所を訊ねて、ここか!とその場所を知りました。
あまり聞く人もいないのか?教えてくれた方からは、よくご存じですねと言われました。
なお、階段は想像していたよりも小ぶりなものでした。
1932年3月5日、三井合名理事長の團琢磨が三井本館(東京・日本橋)の玄関前で銃撃され、当日死亡した。
ご存知ですか? 3月5日は血盟団事件、團琢磨が暗殺された日です | 文春オンライン
團琢磨(1858~1932)については、下記↓
三井本館は、東京・日本橋にある歴史的なオフィスビル。かつての三井財閥を構成する三井銀行・三井物産などの主要各社の本社が集まる、財閥の”顔” として建築。
大正12年(1923)の関東大震災で、明治期に建てられた旧本館が被害を受けたことで建て替えが決まり 、アメリカの建築事務所が設計を、アメリカの建設会社が施工を担当。
大正15年(1926)に工事が始まり、昭和4年(1929)に完成しました。外壁には花崗岩が使われ、接道面には堂々としたコリント式の大きな柱が並ぶ、格調高い外観が特徴。
平成10年(1998)には、国の重要文化財に指定。
大正12年(1923)の関東大震災で、明治期に建てられた旧本館が被害を受けたことで建て替えが決まり 、アメリカの建築事務所が設計を、アメリカの建設会社が施工を担当。
大正15年(1926)に工事が始まり、昭和4年(1929)に完成しました。外壁には花崗岩が使われ、接道面には堂々としたコリント式の大きな柱が並ぶ、格調高い外観が特徴。
平成10年(1998)には、国の重要文化財に指定。
