Central Sikh Temple/セントラル シーク テンプル シンガポールのシーク教の本山

シンガポールについて
シンガポールのシーク教寺院、セントラル シーク テンプル

シンガポールのシーク教、その中心寺院Central Sikh Temple/セントラル シーク テンプル

さとう
さとう

シンガポールは民族・宗教を互いに尊重し合うことを大事にしている国です。
ラッフルズホテルシンガポールのゲートでも有名なターバン姿のインド人、ターバンはシーク教徒の特徴。

グルドワラは寺院/礼拝所の意味です(グーグルマップなどではテンプルでなくこちらの名称を使用)。

シーク教徒が守るべき身につける5K
Kesh(手狭髪と髭)、Kangha(髪のための木製の櫛)、Kara(鉄のブレスレット)、Kachera(綿100%tieable下着、弾性あってはならない)、Kirpan(身を守るのに十分な短剣)
15世紀にナーナクがヒンズー教とイスラームを批判的し、それらを統合して創始した宗教。
パンジャブ地方に生まれたナーナクはイスラームの影響を受けて、偶像崇拝や断食などの苦行、ベーダ聖典の学習も否定し、唯一絶対神ハリへの熱烈な信仰を説き、神の前ではすべての者が平等だとしてカースト制度も非難。
ナーナクの死後、彼をグル(師)と仰ぐ弟子たちによってシーク(弟子の意)教が形成。
Central Sikh Temple/セントラル シーク テンプル
2 Towner Road Singapore 327804
1912年、ワシアムルという名のシンド人商人の支援を受け、シーク教徒の一団がクイーン・ストリート175番地にある広大な敷地付きのバンガローを購入し、それをグルドワラ(礼拝所)へと改築。*シンド人(Sindhi people)は、現パキスタンシンド州に住む人々
他の寺院が設立されるにつれ、このグルドワラは「セントラル・シーク・テンプル」として知られるようになりました(別名「ワッダ・グルドワラ/大きな寺院」)
1921年に再建(集会ホール、厨房やその他の施設あり)
*シーク教の寺院では、旅行者に食事や宿泊場所を提供するのが慣例
1937年 理事会を設置することを決定
1940年 クイーン・ストリート・グルドワラ条例
クイーン・ストリート・グルドワラ評議会が設置、各派閥から同数の指名者が選出
1925年、各派閥間の指導権をめぐる対立により、各派閥は独自のグルドワラを設立
公認のシーク教寺院は2か所、セントラル シーク テンプル、シラット ロード テンプル
1959年 新しい寺院の建設計画が立てられ、クイーン・ストリートからニュートンの新敷地への移転が決定
新寺院建設計画は、1963年に政府によって承認(意見の不一致により、建設は実現できず)
1979年12月 寺院は立ち退きを余儀なくされ、セン・ポー・ロードにある旧ブキット・ホー・スウィー・コミュニティ・センターに一時的に移転
1983年 タウナー・ロードに新しい寺院を建設する計画が立案
1984年着工、1986年4月に竣工、同年11月 タウナー・ロードにあるセントラル シーク テンプルが正式に開堂