ビクトリアシアター&コンサートホールの前に建つ、ラッフルズ像

さとう
ランディングポイントにある白いラッフルズ像はレプリカで、こちらが歴史あるラッフルズ像です。
ランディングポイントに行かれたら、すぐ近くですので、ぜひ観に行ってください。
パダンに設置
ビクトリアシアター&コンサートホール前に移設(100周年)
ラッフルズライブラリー&ミュージアム(現ナショナルミュージアムに移設、日本占領時1942年~)
ビクトリアシアター&コンサートホール前に戻される(1946年)
- イギリスの彫刻家で詩人のThomas Woolner/トーマス・ウールナーの作品(8フィートの青銅製)
- orang besi/オラン・ベシ(マレー語で「鉄の男」)という愛称
- 像の台座にはマラッカ海峡周辺の地図があり、ラッフルズが英領マラヤに足を踏み入れたことを象徴(下から見上げるようになるので、ちょっとわかりにくいです)
設置から現代にいたるまでの経由
- 1887年6月27日のビクトリア女王即位50周年にパダンに設置(総督フレデリック・ウェルド卿によってパダンで除幕)
Victoria (r. 1837-1901) | The Royal Family(ビクトリア女王について)
パダン(セント・アンドリューズ・ロードとコノート・ドライブの間)に位置
しかし、この像はしばしばサッカーボールが当たったり、パダンでの試合をよりよく見ようとして観客が腰掛ける場所として使われたりしていたため、当局はよりふさわしい場所が必要だと判断 - シンガポール建国100周年記念の際、1919年2月6日に像はエンプレス・プレイスのビクトリア記念ホール前の場所に移設(1871年3月のタイ王チュラロンコンの訪問を記念した象像を移設。像を囲むために柱廊が追加され、当時の総督アーサー・ヤング卿によって除幕)
イタリアのドーリス式の半円形の柱廊がラッフルズ像を囲み、その前には噴水噴射のある大理石で囲まれたプールが配置
プールの周りには花瓶が2列並び、クラシックな雰囲気に色彩
像はラッフルズが上陸したと推定されるシンガポール川の河口に向かって設置
パダンから像を移動させる最中に、台座が像の片脚を貫通する棒で支えられていることが判明。
この鉄製の支柱は正しく鋳造されておらず、青銅に完全に包まれており、像の下から染み出した湿気が腐食(腐食は引っ越し前に適切に修復)
地元新聞、政府官報、百周年記念プログラム、1ドル未満の通貨を含むタイムカプセルも新しい場所に埋められた。 - 1942年9月11日、像は昭南博物館(旧ラッフルズ図書館・博物館)に移設
*EJHコーナーの本によると工事が始まったのは、1942年9月13日 - 1946年7月にエンプレス・プレイスに再設置(総督フランクリン・グリムソン卿によって、柱廊を除いて戦前の場所に像が復元)
*上記本によると1946年6月6日に除幕式 - 1953年6月、エリザベス女王の戴冠式の際に、噴水は再びこの機会のために稼働(列柱や花瓶は二度と交換されず)
- 1960年代にシンガポールの経済顧問を務めたAlbert Winsemius/アルバート ウィンセミウス(オランダ人、1961年から1984年までシンガポール政府の主任経済顧問)は、独立後もこの像が「発展したシンガポールの象徴」として残るよう尽力。
当時のリー・クアンユー上級大臣「英国の遺産に対する国民の受容を象徴するものであり、シンガポールの将来の発展にプラスの効果をもたらす可能性がある」
Sir Stamford Raffles Statue/スタンフォードラッフルズ卿銅像
