フラトンビルディング ホテルとなる前は中央郵便局を中心としたオフィスビル

シンガポールの観光スポット
歴史ある建築物 フラトンビルディング

フラトンホテルシンガポールの重厚なビルは、イギリス統治下の1928年に完成したフラトンビルディング

今はイギリス統治時代を彷彿させる優雅なホテルですが、元々は中央郵便局を中心としたオフィスビルとして建築されました。

さとう
さとう

フラトンビルディング時代の正面ゲートは、現在のホテルの正面入口を入りロビーを右手に向かった出入口となります。
フラトンビルディング時代の総督名の入ったパネルや外には0マイルの目印が床に残されています。

 

ホテル1階ロビーには、フラトンビルディングの歴史を説明したスペースが設けられています(ホテル正面からロビーに入って、左奥側)。

ご興味のある方は訪れてみてください。

この場所は、かつての政治と貿易の中心シンガポール河口を守るために建てられたフォート フラトン(砦)のあった場所で現在も残る名の始まりです。

フォートフラトン・・・・・・海峡植民地の初代総督1826–30年ロバート フラトンにちなんで名付けられた砦
  • 1873年6月までに、フォート フラトンの大部分は取り壊し済み。
  • 1879年 カバナ橋とシンガポール川沿いの場所にエクスチェンジビルディングが開館。

Exchange Building/エクスチェンジビルディングについてはこちら

エクスチェンジビルディングは、商工会議所とシンガポールクラブが所有していたビルで、第一次世界大戦直後、所有権を譲渡することを交渉して合意(代わりにフラトンビルディング内に補償的なスペースが供与)。
両者は1928年にフラトンビルが完成するまで、バッテリーロードの旧チャータードバンクビルに移動。
シンガポールクラブは、食堂・クラブルーム・ビリヤードやカードルーム、そして上階の寝室までを所有。
  • 1922年頃にフラトン ビルディング建設のために両建物(フォートフラトンの残りとエクスチェンジビル)が取り壊し
  • 1924年2月 ロンドンのペリー&カンパニー・オーバーシーズ社が受注し建設開始
掘削では、新しい郵便局のための桟橋までの地下積み場と地下鉄を建設するため、40,823トンの土を移動。
建設には約18,745mの鉄筋コンクリート、1,179トンの鉄鋼、350万個のレンガ、14kmの中空レンガ、3,511立方メートルの人工花崗岩、566立方メートルの木材、52,288バレルのセメントを使用。
  • 1928年6月27日午前10時、総督クリフォードによって正式に開館式(この建物をフラトン ビルディングと命名することを発表)
郵便局や仕分け室の地下階、地上階、事務所の1階(正面から入って右側にカウンター)
郵便受けの郵便物の投下は、かつては直接地下階に落ち、コンベヤーで地下室を約60m先まで送り、そこから仕分け室まで送られていました。地下階はフラトン・ロードの下を通る地下鉄と接続され、郵便桟橋へとつながり、海外郵便物の転送と回収に使用。
  • 1942年2月13日、シンガポール陥落直前、総督シェントン トーマス夫妻は、総督府からフラトンビルディング内にあるシンガポールクラブに移動し滞在。
    翌日、4階の部屋でアーサー・E・パーシバル将軍がイギリス軍が日本軍に降伏することを連絡。
  • 1942年~45年(日本占領時代) 日本軍政部が使用、こちらで海外華人協会から5,000万ドルの小切手の譲渡が山下将軍へ行われた。
  • 1950年代~60年代 中央郵便局の他、税務局などの政府機関が入居。
  • 1958年には建物の屋上に灯台が設置。
  • 1982年~1985年 大規模改修
  • 1996年 すべての入居者退去。
  • 1997年 入札、シノランドが1億1,000万シンガポールドルで取得。
  • 2000年12月14日 フラトンホテルシンガポールが営業開始、2001年1月1日正式にオープン
    *2年間にわたる400,000,000シンガポールドルの修復プロジェクト。
  • 2015年12月7日 国定記念物に指定。

下記参考資料
Fullerton Building
Former Fullerton Building

元々オフィスビルだったため、ホテルの部屋は様々なタイプがあります(過去3回宿泊)。
記事として掲載している下記↓ご参考にしてください。