ラッフルズ上陸記念の地/Raffles’s Landing Site 1819年スタンフォード ラッフルズ卿が降り立った地

シンガポールの観光スポット
ラッフルズ卿上陸の地

現在のシンガポールの始まりの地、ラッフルズ上陸記念の地/Raffles’s Landing Site

ラッフルズが上陸した場所は、シンガポール川沿いの国会議事堂近く、白いラッフルズの像があります。

さとう
さとう

ラッフルズ卿の白い像の背景に、ボートキーのショップハウスと高層ビル群が映えます。
背後には、丹下健三やI.M.ペイなどの著名な建築家設計のビル群。

なお、こちらのラッフルズ像はレプリカで、元々のものはビクトリアシアター&コンサートホール前にあります。

こちら↓も合わせてお読みください。
ラッフルズブロンズ像 ビクトリアシアター&コンサートホール前に建つ黒い像

スタンフォード・ラッフルズは1819年1月28日にシンガポールに上陸(午後4時にセントジョンズ島に停泊し、テメンゴン(長官)・アブドゥル ラーマンと会談)。
スルタン フセインの属下であるテメンゴンと交渉して、暫定条約が合意。
スルタン フセイン(トゥンク・ロン)は2月1日に到着し、3人は2月6日に条約締結。
ファークワーはスマトラ島ベンクーレン副総督ラッフルズの権限のもと、理事官に任命。
ラッフルズが最初の上陸日を1819年2月29日と誤って記録したことから論争が起きています。これは彼の『サー・スタンフォード・ラッフルズの功績陳述』で、1819年はうるう年ではなかったため存在しない日付。
なお、上陸に関しては、その場所も含めて諸々諸説あるようです。
ラッフルズはシンガポールでは役職についておらず、部下の2人を理事官(Resident of Singapore)に任命
ウィリアム ファークワー 1819年‐1823年 その後、ラッフルズと対立し解任
ジョン クロフォード 1823年‐1826年 *セント アンドリュース大聖堂の後陣のステンドグラスの1つに紋章あり
この後、1826年に就任したロバートフラトンから理事官のポジションは、海峡植民地総督となる。

上記記載参考はこちら↓
Stamford Raffles’s landing in Singapore